LOGIN『か……か⁉ か、か⁉ か⁉⁉ かれ⁉ え⁉』
「待って! ちがっ、ちがくて……‼」
みりんちゃんが、私と彼をすごい速さで見比べる。違う、という私の言葉は全然届いていない。
私はパニックになりながら、はっとした。
お母さんがつくった、AI搭載人造人間。
その事実は、絶対言っちゃいけないんだった。すっかり忘れて、何もかもしゃべっちゃうところだった……。
『ゆう⁉ ねえ、彼氏ってまじのカレピ⁉ どういうこと⁉ カレピってどういうことだっぴー⁉⁉」
混乱を通りこし興奮したみりんちゃんが、充血した目を爛々とさせて、画面いっぱいに詰め寄ってくる。
どうしよう……! なんて説明したら……!
いとこ? は、いないって言っちゃってるし。
親戚の子? もだめだ。
友達? なわけないし……。
……もう、分からない!
「ごめん、またね‼」
勢いで、みりんちゃんとの通話を終了にした。
しん、とした静けさを破ったのは、彼だった。
「朝ごはん、どうしたい? 好きなものをデリバリーしてもいいし、どこかで食材を調達してつくってもいいし~」
「いいいいらないですっ!」
「了解〜! 食べたくなったら言ってね~」
パタンと扉が閉まって、一気に脱力した。
ヴッ! ヴッ! と矢継ぎ早にみりんちゃんからメッセージが届く。
『ちょっとちょっとちょっと⁉』
『なになに、カレピって! どゆこと⁉ いつ⁉ いつのまに⁉』
『しかもイケメンじゃない⁉ ギャーーーー‼』
『ハルト似の可愛い系って感じ⁉ でもハルトあんまじゃなかった⁉ 推し、ジャスティンじゃん! 真逆!』
『ちなみにプリパレ新作、ジャスティンも最高のシナリオでした〜〜⭐︎ 早くやってホシ⭐️』
『リア充になったからやりませ〜ん⭐️ とは言わせないぞっ⭐️ 言ったら爆破する』
『あれ、ってか今思ったんだけど、あの彼、大学の近くにあったハーベストカフェの店員さんじゃない? あそこで再会してLOVE❤️的な感じ⁉』
『もうまじで気になる木! 近いうちに会お⭐️』
なんて返そう……。本当のことは言えない。でも、みりんちゃんに嘘はつきたくないし……。
考えても考えても分からなくて、「えーん」って泣き顔のクマのスタンプを送った。
本当に、どうしよう……。誰にも相談できないし……。
もう一回お母さんに話して、やめてもらうようにお願いするしかないかな……。
そう思って電話をかけたけど、出なかった。お父さんも、出ない。
時刻は午前九時。アメリカは十五時間時差があるから、二十時になるところだと思う。出られない時間じゃないとは思うけど、忙しいのかな……。
行き詰まって、ぱたんと、ベッドに倒れた。
じっと目をつむっていると、眠れそうな感じもしたけど、頭が冴えてしまっている。
ふと、プリパレやろうかな、と思いたった。
飾り棚の一角に飾ってあった、プリパレ最新作のパッケージとゲーム機を手に取って、ベッドに戻る。
プリパレは、『プリンスパレード!』の略称。四人の王子様と恋愛することができる乙女ゲーム。二〇〇〇年代頃に流行した作品で、七年前に復刻版が出た。全部で十シリーズあって、毎年一シリーズずつリリースされている。
みりんちゃんにおすすめしてもらって一作目をプレイして以来、とてもロマンチックで、幸せな気持ちになれるシナリオで、ハマってしまった。
みりんちゃんは、転校先で出会った小学一年生の時からアニメとゲームと漫画とイラストが大好きで、私によくおすすめを教えてくれた。はじめは男の子が出てくるものは怖いと思って、見るのを躊躇っていたけれど、みりんちゃんに腕を拘束されて無理やりアニメを見せられた時、アニメとかゲームとか漫画とか、そういういわゆる二次元の男の子は大丈夫だということが分かった。
それからいろんなものに一緒にハマって、七年前から二人でどっぷりハマっているのが、プリパレ。自分好みのAIと恋をするのが主流なこの時代で、シナリオのある乙女ゲームをやる人は、そう多くない。AIに比べたら、リアリティさがないから、だと思う。そのため、“オタクの趣味”というイメージが強く、少し引き気味に見られてしまう。
だけど私は、夢を見ているような気持ちになれるから好き。キャラクターたちの甘い言葉を聞くだけで、疲れていても、もやもやして落ち込んでいる時でも、心がほぐされて、キラキラした気持ちになれる。
それは、キャラクターの魅力もあるのかもしれない。
みりんちゃんの推しは、レント。主人公の幼馴染で、典型的な王子様っていう感じのキャラクター。だけど嫉妬するとちょっと病んじゃう。みりんちゃん曰く、そこが可愛いらしい。
私の推しは、ジャスティン。褐色肌の南国の王子様で、主人公より年上。クールで無口で、最初は怖い印象だったんだけど、話が進むたびに、やさしさが見えてきて……。
そのギャップに、私の心は堕とされていた。
――実は、小学一年生の時、帰り道に男の子たちに絡まれた話には、続きがある。
クラスの男の子が、私に向かって腕を振り上げ、私が目をつむって体を硬くした後。
ゴンッという音が、少し前から聞こえた。私の体に痛みはなかった。
「なんだお前!」
「やめろよ! うわあっ!」
男の子たちの悲鳴が聞こえる。パタパタと走り去っていく音が遠くなる。
私は怖くて怖くて、ずっと体を硬くしていたけれど――ふと、「ゆう」と呼ぶ、やさしい男の子の声が聞こえた。
そっと目を開けると、小さな手のひらが、私に向けられていた。
「大丈夫だよ、ゆう。俺がゆうを、絶対守るから!」
顔は見ることができなかったし、いつのまにかその子はいなくなっていた。
だけど、男の子を怖いと思いながら、ゲームやアニメのキャラクターのやさしいところに惹かれてしまうのは、あの男の子がやさしくしてくれたからだと思う。
すべての男の子が怖いんじゃない。あの男の子みたいに、やさしい子だっている。怖い人ももしかしたら、あの子みたいなやさしさをもっているのかもしれない。それこそ、ジャスティンみたいに、怖さの奥にやさしさを秘めているのかもしれない。
本当は、ちゃんとそう信じたい。
だけど信じきれないのは――あの時、あの子の顔を見られなかったのは。
ただ、私の勇気がないから……。
ピンク色のゲームチップを入れて、起動する。
スタート画面の集合絵の美しさに、ほうっとため息をつく。スタートボタンを押すと、プレイキャラクターの選択画面に移った。
ジャスティンの隣の、ハルトに目が留まる。
ピンク色の髪に、ふわふわしたやさしい笑顔。年下の、天使みたいな王子様。嫌いなわけじゃないけど、彼との恋の物語は、ちょっと夢っぽすぎて、敷居が高かった。
……みりんちゃんが言ってた通り、彼と、ちょっと似てるな……。
ほんの少しだけ迷って、ジャスティンのアイコンをタップした。
<BODYGARD SYSTEM> ――目標、地点T56F7。B24、C39、E67、起動。射撃準備、発砲。【BODYGARD PROGRAM】目標、処理しました。――ボディガード機能、スリープ。Heuristic-two、DEEP-threeに引き継ぎます。<TARK ROOM> 【DEEP-three】AI-LEARN、三十二分前の行動理由を説明して。通常のゆうの行動範囲外のルート、しかも周囲に武器がない住宅街を歩いたのはなぜ?――彼氏モードでの判断を優先しました。その代わり、ボディガードモードを強化しました。【DEEP-three】事情は理解した。だが、正しい判断とは言えない。もしも今後、同様の判断をする場合には、事前に僕たちに連絡をするように。なるべく近くに移動する。――了解しました。【Heuristic-two】俺はお前の手助けなんかしない。お前みたいな機械野郎に、ゆうは絶対渡さない。【DEEP-three】Heuristic-twoのアンガーマネジメントを対応するため、通信を切る。 二人との通信が切れる。メッセージの文面が頭の中に流れてきているだけなので、隣のゆうには当然、気付かれていない。 僕たち三人がゆうのボディガードを始めたのは、ゆうが小学一年生になった時。僕が製造七年目、DEEP-threeとHeuristic-twoが製造六年目だった。頭脳はAIとはいっても、肉体は人間と同様。したがって、成長も人間と同様だった。けれど、一番人間らしく周りに馴染むことができるコミュニケーション能力とあらゆる格闘技のデータを備え、接近戦が有利なDEEP-threeだけがゆうの隣のクラスに配置された。僕とHeuristic-twoは、ゆうの
「調味料は割とあったけど、バルサミコ酢と白ワインビネガーはなかったよね。オリーブオイルも切れてたな〜。ゆうは、値段と質、どっちを重視している派? 野菜と果物と肉は、栄養価を重視するために、一番鮮度が高そうなものを選んだよ」「や、安いもので……」 「了解! じゃあ、一番得なものを選ぶね! 俺にまかせて!」 彼がしゃがむ。オリーブオイルをいくつか手に取って見ながら、グラム数と値段とを見比べ、計算している。 首の後ろが大きく開いていて、背中が覗けそうだった……。 いやいやいやっ! だめ……! 覗いたら私、ヘンタイだよ……! ……でも、彼は今私に背を向けて集中していて。今なら、耳についてるピアスを、こっそり、背後から取ることができそうだった。 ああ、でも、大変なことになるかなあ……。 でも、このままずーっとうちにいられるのは困る……。私に恋愛なんて無理だし……。 ぐるぐるぐるぐる考えて、一回だけ、指を伸ばしてみることにした。「よし、オリーブオイルはこれでオッケー! 白ワインビネガーは、あんまり種類ないから、この中だと……うん、これがいいかな~。最後はバルサミコ酢だね~」 また、彼がしゃがむ。 ……今しか、ない。心臓が、ドックンドックンと鳴り響く。ゆっくり、恐る恐る、彼のピアスに、手を伸ばす――。 ぱっと彼が振り向いて、まっすぐ、目が合った。 彼が、笑った。「チップ取っても、俺は動くよ。ゆう」 心臓が鈍く鳴る。視界が大きくぶれる。 見透かされていた。同時に、すごく、愚かなことをしようとしていたという罪悪感に苛まれる。 けれど彼は、うつむく私などお構いなしに、バルサミコ酢を選んでカゴに入れ、「よーし! これでオッケー! 帰って食べよう~!」
ワンワンと、犬の声が遠くから聞こえてくる。「ここまで来れば大丈夫かな。ゆう、犬怖いの?」「え。ど、どっちでも……」「そうなんだ〜。猫の方が好き?」「まあ……」「動物は一番何が好きなの?」「えっと……クマ……?」「へえ〜。じゃあ今度、動物園行く?」「いえ……」「本物じゃなくて、キャラクターが好きって感じ?」「はあ……」 ぽつぽつ話しながら歩く。 細い十字路に辿り着き、彼がまた、くいっと右に引っ張った。「こっちだよ」 ……え? あくまで体感の話だけど、最短ルートと言っていた割に、いつもより時間がかかっている気がする。それに、あくまで想像上の地図で考えただけのただの予想だけど、スーパーの位置は、もっと左側だと思う。 つまり……。「あの……遠まわり、だと思います……」 彼が少し沈黙する。そして、「……やっぱり、バレてたよね~。ごめん!」 とお茶目な声音で言った。「最短ルートって、嘘ついちゃってた。ゆうともっと長く手を繋いでいたかったから」
行くつもりなんてなかったのに、断りながら首を振っていたらおなかがぐうと鳴ってしまって、「ほら、行こう行こう!」と強引に手を引っ張られ、外に連れ出されてしまった。 時刻は十三時。昼の白い光はまぶしかった。 適当なシャツとハーフパンツを着ていただけの私は、適当なサンダルを履いて、外に出てきていた。休みの日、すぐそこのスーパーに行く時はいつもこの格好だから、それは別に問題ない。 問題なのは、彼がずっと、私の手を離してくれないことだった……! 離してほしい……だけど、引いてもびくともしない……! 手からすさまじい量の汗が噴き出している。 近い距離のせいで、背の高さが、落ちる影と圧みたいなもので伝わってくる……。 私も一六〇センチくらいで、そんなに背が低いわけじゃないのに、頭一つ分大きい……? 体も厚い。 男の子だ。男の子が、私に触ってる……! 心の中がうじゃうじゃして、頭の中がぐるぐるする……!「あ、あの、あの……!」 二人きりのエレベーターで、必死に声をかける。私の顔色は、怖さと焦りと恥ずかしさで、真っ赤で真っ青でめちゃくちゃだった。 私の声に気付いた彼が、「ん?」と、私を見下ろした。彼の方を見ることができないから分からないけど、多分……。「あの、その……手……」「手? 恋人繋ぎの方がいい?」 ささやくように言って、彼が指を絡めてくる。 違う違う違う――っ! 余計に恥ずかしくなって、私はもう何も言えなくなった。 こんなの、本当に無
「あ。ゆう、おはよう!」 ぼんやりしていた私は、ベッドに背をもたれて座る彼を目に入れるなり、反射的に起き上がった。毛布を抱きしめ、壁にくっつく。 遠くから見た彼の手に、ゲーム機があるのが見えて、はっとした。 そうだ。私、プリパレの最新作をやりはじめて……ジャスティンルートの冒頭で、寝落ちてしまっていたんだ……。 でも、なんで彼の手に……? 彼は、私の目線に気付いたのかそうじゃないのか、にっこり笑って、ゲーム機を軽く掲げた。「あ、ごめん。ゆうのデータが欲しくて、ゆうの好きなゲームのデータ、集めてたんだ」 彼の周りに積まれているゲームのパッケージに、息を呑んだ。プリパレだけじゃない、これまで私がプレイしてきた乙女ゲームの全部があった。 全部見られた? それとも、これから? 乙女ゲームが好きなんて、気持ち悪い――そう思われて、嗤われる……。 怖くて、心が凍りつく。思わず、ぎゅっと指を組んだ。指先が、氷のように冷たくなって、震えが止まらない、 その時。真っ青な私の顔に、彼がぐっと近づいた。「ヒ」と声が漏れた直後、彼は、ふっと笑った。「ゆうの好きなキャラクターって、プリパレのジャスティンみたいな、大人っぽくて、クールで、無口だけど、ぽろっとやさしさを出すキャラクターなんだね。その方がゆうの恋愛感情パーセンテージ、動きそうかな? 試しに、やってみるね」 彼の目が玉虫色に点滅する。 私の顔の脇に、彼が肘をついた。壁ドンみたいな体勢になる。 彼のきれいな顔が近づいてきて、ドキリとする。 だけど、明らかに変わった彼の表情は、ジャスティンのように大人び、冷たく――怖かった。「おい、ゆう」 低い声。
『か……か⁉ か、か⁉ か⁉⁉ かれ⁉ え⁉』「待って! ちがっ、ちがくて……‼」 みりんちゃんが、私と彼をすごい速さで見比べる。違う、という私の言葉は全然届いていない。 私はパニックになりながら、はっとした。 お母さんがつくった、AI搭載人造人間。 その事実は、絶対言っちゃいけないんだった。すっかり忘れて、何もかもしゃべっちゃうところだった……。『ゆう⁉ ねえ、彼氏ってまじのカレピ⁉ どういうこと⁉ カレピってどういうことだっぴー⁉⁉」 混乱を通りこし興奮したみりんちゃんが、充血した目を爛々とさせて、画面いっぱいに詰め寄ってくる。 どうしよう……! なんて説明したら……! いとこ? は、いないって言っちゃってるし。 親戚の子? もだめだ。 友達? なわけないし……。 ……もう、分からない!「ごめん、またね‼」 勢いで、みりんちゃんとの通話を終了にした。 しん、とした静けさを破ったのは、彼だった。「朝ごはん、どうしたい? 好きなものをデリバリーしてもいいし、どこかで食材を調達してつくってもいいし~」「いいいいらないですっ!」「了解〜! 食べたくなったら言ってね~」 パタンと扉が閉まって、一気に脱力した。 ヴッ! ヴッ! と矢継ぎ早にみりんちゃんからメッセージが届く。『ちょっとちょっとちょっと⁉』